「デザイナーになるにはどうすれば?」「キャリアってどう考えればいい?」といった問いかけを時々見かけます。正解はないのですが、私自身の経験はどうだったか?を伝えることはできると思い、私がエンジニアからデザイナーになり、マネージャーとして働くまでの経緯を書いてみようと思います。
スキル習得的な観点というよりは、私自身の心の中の変化と言いますか、情緒的な部分について触れていますので、どの順番でどのスキルを獲得するべきか?といったキャリアパスの組み立て方の参考にはならないと思いますので、その点ご留意ください。
この記事のターゲット
デジタルプロダクトデザイナーという職種に興味を持ち、目指している学生やキャリア初期の方
現在デザイナーとして活動しており、今後のキャリア(専門性の深化、マネジメントへの移行など)について考えている方
プロダクトデザインの専門教育を受けていないデザイナーの独学キャリアの参考にしたい方
1. キャリアの始まりはエンジニア
意外に思われるかもしれませんが、私の社会人としてのスタートはウェブアプリのエンジニアでした。
大学・大学院で情報工学の過程でC+や初歩的なプログラミング知識とアルゴリズムを学び、新卒で入った会社でも、最初はほとんど経験のないCakePHPを使ったウェブアプリケーション開発をしていました(~2014年)。
高校までは弁論部(実際はほとんど成果に貢献できていないが)に入っていたこともあり、物事を論理的に考えたり、どうすれば目的を達成できるか道筋を立てたり、論理的思考力はこの頃に鍛えられた気がします。
この技術的な知識(初歩的なHTMLやCSS、MVCフレームワークの基礎知識)は、後々デザイナーとして働く上で少しは役に立っていると思います。技術のことを少しでも知っていると、エンジニアとの会話がスムーズになったり、実現可能なデザインを考えやすくなったりします。
2. デザインの世界へ:学びと転身
ウェブアプリのエンジニアとして製品開発に関わる中で、ユーザーさんが直接触れる画面のデザイン(UI)や、製品全体の使いやすさ(UX)に興味を持つようになりました(2014年~2015年)。
世の中的には、iPhoneをはじめApple製品が急速に普及し始め、自分の色々なソフトウェアを触る中で「もっとここをこうすれば使いやすいのに」「このデザインにはどんな意図があるんだろう?」と考える機会も増えました。
一方でエンジニアとしてはどうだったかというと、全く成果に貢献できず、メンタリングをしてくれている優秀なエンジニアたちを困らせていました。具体的にいうと、コピペしまくったなぜかわからないがそれっぽく動くコードをひたすら生み出し、レビューコストを増大させるお荷物的存在でした。

そうしたエンジニアリングへの後ろめたさもあり、やや現実逃避的に自分がもっと別の役割として開発に貢献できないかを考えた時に「デザインをやってみたい」という気持ちが強くなりました。
実態としては、専門家になりたいだとか高尚な考えははなく、デザインという何か素敵なものによって世の中に影響を与えられそうな憧れや期待感を勝手に抱きそれになりたいと思う、よくある承認欲求です。この時は頭の中にはまだお花畑が多かった気がします。
しかしながら、UIに関する体系的な教育や知識をインプットしていない自分が試しに生み出すUIらしきものは、自分が気に入っているアプリのような品質には到底届くものではなく、どうやったら素敵なデザインができるかわからない中、社長に直談判して社内でデザイナーに挑戦してみるチャンスをもらい、手探りで働きながら通信制の大学でデザインの勉強を始めたりもしました。
1年ほど通って結局得られたものは、タイポグラフィなどのわずかな知識と、Adobe IllustratorやPhotohopの操作方法と、多少のウェブデザインの知識だけでしたが、「デザイン」と名の付く業務に片っ端から首を突っ込んで関わらせてもらいながら、食い下がるように会社案内などの制作物を少しずつ任せてもらうようになり、少しだけ自信がついてしまったので1年ほどで大学は中退しました。
その後は、スーパー向けのアプリの画面デザインや、シェアサイクルのスマホ向け画面の挿絵の作成、運営していたメディアの挿絵やインタビューのカメラマン、営業資料などのツールのディレクション、オフィスデザインのプロジェクトなどアプリケーション以外のデザインらしき業務に食らいついていました。
3. 専門分野を見つける:企業向けサービスのデザイン
そうした動きを2〜3年もしていると、新規事業のウェブアプリケーションやソフトウェアの画面デザインをする業務が中心になっており、それなりに成功体験も出てくるので、デザインとは何なのかがわかってきたように思い込み、デザイナーとして成長している気になって行きます。
その気になっていたというのは、やや独りよがりな成果物の作成の進め方をしており、誰かと協力して進めたり、他にデザイナーがいなかったこともあり品質を評価する環境が限定的で、自分の評価査定が良い=良いデザインができている、と自己評価していたからです。
結局、たくさん携わった数多の新規事業は立ち上げてはクローズを繰り返し、最終的に「企業向け(B2B)のクラウドサービス(SaaS)」、中でも組織マネジメント関連の製品デザインに深く関わるようになりました(~2021年)。
企業で働く人が毎日使うツールなので、見た目の美しさだけでなく、業務が効率的に進むか、ミスなく使えるか、といった点が非常に重要だったので、これまでの新規事業とは求められている品質の違いをなんとなく感じていました。この頃になってやっと、複雑な要件を整理し、多くの人に使ってもらえるソリューションとしての成果物を考えるようになったと思います。主語の大きい「デザイン」からの脱却と言いますか。
結局、この新規事業はスピンアウトすることになり開発組織は解体されることになりました。この新規事業をこれから拡大して行くのだろうと思っていた矢先というのもあり、心の中に芽生えはじめていたデザイン組織づくりへの憧れやモチベーションを解決するために、より組織的にデザイン業務ができそうな事業会社を探すことを決めました。
4. 新しい環境での挑戦:SmartHRでの日々
結果として、2021年に株式会社SmartHRにプロダクトデザイナーとして入社しました。SmartHRも人事労務関連のクラウドサービスを提供しており、サービスの評判は前職でも利用していたこともあり多少知っていたので、これまでの経験も活かせる領域だと楽観的に考えていました。
楽観的だったのは採用選考の最初のうちだけで、選考が進むにつれて自分が思っていたよりも高い期待値を持たれていそうだと感じたのと、自分とは比べ物にならない形容不能なほどすごい人たちなのだという期待と合わさり、自分を過小評価しないと耐えられないほど不安を感じていたのが正直なところでした。
具体的に抱えていた不安は、自分はデザイナーとして体系的に教育を受けていないので、習得したと思える技術も部分最適の極みのであり、有識者から見れば取るに足らない人だとすぐに見透かされてしまうのだろうというもの。しばらく半年くらいは正直生きた心地がしなかったです。落胆されるのは明日かと常に思っていたので。

正直どれが自分の行くべき道かなんて何もわからなかったので、しばらくは製品の基本的な機能のデザインを担当するだけでなく、不安や焦りを紛らわすように「デザインシステム」(デザインのルールや部品をまとめたもの)の整備や、プロダクトや利用者調査をより効果的に行うためのユーザーリサーチ活動など色々はじめて行きました。
良い意味で想定外だったのは、当時のSmartHRのプロダクトデザイングループは、全員が一つのプロダクトや施策に集中しているわけではなく、それぞれが役割や目的を持ってグループを作ったりして自律的に自治しながら取り組むような組織文化だったことです。これまで非線形で非連続な活動からデザイナーとしての経験を積んできた自分には大変都合が良く、居心地がよかったのです。おかげでいろんな活動に気楽に参加できたのだと思います。
こんなことを1年も続けると、あの不安はどこへやら、不思議なことに慣れてくるもので、組織になじむに従って個別の画面デザインだけでなく、プロダクト全体の一貫性や、チームでの開発しやすさといった、より広い視点での貢献が求められるようになっていきました。
振り返ると、前職では考えられない速度で機能の追加や新規プロダクトの企画が同時並行で進んでおり、手を動かし続けていなければ、デザイナーがボトルネックになってしまいデリバリー(価値提供)が遅れてしまう(機会損失になる)というところで、高いコミットメントが求められていたところもあり、正直不安を感じている暇がなかった、というのが真相だと思っています。
5. 新たな役割へ:マネージャーとしてのスタート
3年ほどSmartHRで働いていると、自分のデザイン成果物の速度や精度を高めることと同じくらい、チームメンバーがもっと活躍できるようにサポートしたり、チーム全体としてより良い成果を出したりすることにも関心を持つようになりました(2023年頃~)。
直接的なきっかけは、組織の拡大に応じてメンバーの評価をする役割を任されるようになったことで、もともと組織マネジメントのソリューションに携わっていたこともあり、この辺りから事業や組織貢献の手段としてのマネジメントについてインプットを始めました。
喫緊の課題として、デザイナーのリソースが常に逼迫しているというのは、プレイングをするデザイナー当事者としても感じていたところで、根本的にプロダクトデザインできる人を増やさないと、事業成長を支えていけないだろうと思っていました。ちょうど、プロダクトデザイナーの育成や役割の移譲について考えていた時期でもあります。
そして、2024年からはマネージャーとして、メンバーの成長支援や部の運営にも携わるようになりました。当然、これまでマネジメントの経験などなく、部分的な知識でしかマネジメントのことを手探りで勉強しています。いまだに新しいことに手探りで生き残ろうとしているあたりは、初期のエンジニアからの転向の頃から私の中の本質は変わっていないような気がします。
おわりに
私のキャリアらしきものを振り返ってみると、エンジニアとしての経験を土台に、デザインへの興味を追求し、企業向けサービスという分野で経験を積み、そしてチームや組織への貢献へと役割が広がってきた、という流れになるかと思います。
時間軸としては連続していますが、それぞれの経験が綺麗な線形ではなく、非連続の連続だったなぁというのが正直なところです。しかし、あの時の経験がまさかこんなところで生きるのか、みたいなことも多く、飽きっぽい自分には向いているキャリア形成のありかただなぁと思っています。まさに五里霧中です。

より多くのお金を稼ぐとか、社会的地位を築くという意味でのキャリアとしては、あまりにも無計画だし再現性は全くないキャリアだと我ながら思います。そうした目的を持ったキャリア形成をしたい方にとっては、この記事は何の役にも立たないでしょう。いや、反面教師くらいにはなるか?
いずれにしても、時代背景と周りの状況と自分のエゴの掛け算の結果がこのキャリアだと思っていますので、これをトレースすることはできないことはここまで読んだ方ならわかっているはずです。計画通りに行ったら苦労しませんし、計画通りに行き過ぎたら「誰かにコントロールされているのでは?」と私なら疑います。
もし私の話が、これからデザイナーを目指す方や、キャリアについて考えている方にとって、「この時代はこんな感じのキャリアもあったんだな」とか、「自分のこれまでのキャリアも振り返ってみるか」と思ってもらえるきっかけになればと思っています。