メタ認知を極めた先にあるのは「主語の多様化」という仮説
メタ認知、つまり自らの思考や感情を客観的に捉えてコントロールする能力は、学習や仕事、人間関係において重要なソフトスキルであるということは、多くの方が認めるところではないでしょうか。しかし、その「熟練度」をどう測ればよいのかは、なかなか難しい問題だと思います。
そこで、思考実験としてひとつの仮説を検討してみたいと思います。それは「メタ認知が成熟している人は、思考の主語を自在に使い分けられる。一方、その主語が常に『私』に固定されている人は、メタ認知が未発達な段階にある」という考え方です。
思考の主語とは何か
例えば、優れたプロダクトデザイナーは常に「ユーザーなら(You)」を主語にして思考を巡らせているのではないでしょうか。これは単なる「思いやり」ではありません。他者の主観を自らの思考OSとしてインストールし、二人称視点で世界を再構築する、高度なメタ認知活動と言えるでしょう。これを「憑依力」と表現する人もいると思います。
私自身、デザイナーとして仕事をする中で、この視点の切り替えの重要性を感じる場面がとても多いと思います。
主語の転換がメタ認知の成熟であるとする根拠
この仮説の妥当性を支える根拠は、発達心理学の世界にある気がしています。
心理学者ジャン・ピアジェは、子どもの知性が発達する過程で「脱中心化(Decentering)」が起こると考えたそうです。これは、物事の唯一絶対の中心にいた「私」という視点から抜け出し、他者の視点や物事の多面的な側面を理解できるようになる、認知的なジャンプを指します。
自己中心性から他者視点へ
幼児が「僕に見えないから、誰にも見えていない」と考えるのは、思考の主語が「私」に固着した「自己中心性」の状態です。ここから成長するにつれ、子どもは自分とは異なる視点、つまり「あなた」や「彼/彼女」という主語の世界が存在することを学んでいきます。
この「他者の視点を獲得する」プロセスこそ、心の理論(Theory of Mind)と呼ばれる、社会的知性の根幹と考えます。
実践における主語の切り替え
この観点から見れば、「主語を使い分ける能力」は、単なる言語的なテクニックではないと思います。
デザイナーがユーザーの視点に立つ
マーケターが顧客の視点に立つ
優れた教育者が生徒の視点に立つ
これらはすべて、自己中心性から脱却し、思考の主語を意図的に「あなた(You)」に切り替える、高度なメタ認知の表れではないでしょうか。
以前書いた以下の記事でも、フィードバックをする際にそれがヒトに向くときに働く力を想像し配慮できるという点では、相手の視点に立つ能力が必要である、と言い換えることもできると思います。
人前で成果物をレビューするときに、あなたは主語を意識していますか? - note
「私」という主語の価値と、二元論の罠
一方で、「主語が『私』しか持てない=メタ認知が未発達」という見方は、少し短絡的かもしれません。
正直なところ、最も高度なメタ認知活動のひとつは、むしろ「私」という主語を徹底的に深掘りするプロセスの中にこそ存在すると思います。
根源的能動性という視点
ここで参照したいのが、佐伯胖氏らが提唱する「根源的能動性」の概念です。これは「自ら試したい、理解したい」という、生まれながらに持つ内発的な衝動を指します。
この「私がやりたい」という純粋な一人称の欲求こそが、学びや創造の原動力となるのではないでしょうか。
内省的な「私」の重要性
成熟したメタ認知においては、再び「私」という主語を取り戻すプロセスが不可欠のように思われます。
「私はなぜ、今このように感じているのか?」
「私のこの思考の偏りは、どのような経験から来ているのか?」
こうした内省的な問いかけは、受動的な三人称視点から脱却し、自らの「根源的能動性」に再び接続し直す試みです。それは決して未熟な自己中心性への回帰ではありません。むしろ、主観の塊である「私」を客観的な分析対象とし、その構造を冷静に観察する、極めて高度なメタ認知活動と言えるのではないでしょうか。
飛躍した見方ですが、そうした一人称視点を物理世界から取り戻そうとする営みが、「マインドフルネス」などの手法の普及などに表れているのではないかと思ったりもしています。
思考の主語のポートフォリオを豊かにする
つまり何が言いたいかというと、真にメタ認知が発達している状態とは、「私」という主語を捨てることではないと考えます。すなわち、思考の主語のポートフォリオを豊かに持ち、文脈に応じて意図的かつ自在にスイッチングできる能力を指すのではないか、というのが現在の私の中の結論です。
多様な主語のポートフォリオ
このポートフォリオには、少なくとも次のような多様な主語が含まれると思います。
内省的な一人称(私)
「私はこれをやりたい」という自らの根源的能動性に接続し、「私はなぜこう考えるのか?」と客観視する視点
共感的な二人称(あなた)
「あなたはどう感じるか?」と相手の主観を理解し、シミュレーションする視点
協働的な二人称(あなたと共に)
「あなたと一緒に楽しみたい」と、共愉的な関係性の中で学びを深め、創造性を高める視点
分析的な三人称(彼ら/それ)
「ステークホルダーは何を求めているか?」「このシステムはどう機能しているか?」と全体を俯瞰し、構造を把握する視点
視点を行き来するダイナミックなプロセス
優れた思考とは、これらの視点を絶えず行き来するダイナミックなプロセスの中に生まれるのではないでしょうか。
ユーザー(共感的な二人称)の感情を深く理解し、仲間(協働的な二人称)と学びを共にし、開発チーム(三人称)の論理を尊重し、そして自らの根源的な動機(一人称)に誠実である。この複雑な思考のジャグリングを可能にするのが、メタ認知という名の操縦桿だと思います。
あなたのメタ認知はどこから?
メタ認知の発達度を「思考の主語」という視点から思いを馳せてみました。
結論としては、メタ認知が発達している状態とは、単に「私」以外の主語で考えられることではなく、状況に応じて適切な主語を選択し、自在に切り替えられる能力を持つことだと言えるでしょう。
あなたの思考の主語は、今、誰になっているでしょうか。そして、その主語は、本当に今の状況で最適だと言えるでしょうか。
この問いこそが、メタ認知を鍛える第一歩となるはずです。日々の仕事や生活の中で、自分の思考の主語を意識してみることから始めてみてはいかがでしょうか。




