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公開日: 2025.05.09  | 更新日: 2025.05.10

『ファシリテーションの教科書』を読んで

会議が長引く、議論が脱線する、意見がまとまらない、メンバーから積極的な発言が出ない。会議に参加しているとこんなシーンに遭遇することもありますよね。今回は、グロービス著『ファシリテーションの教科書: 組織を活性化させるコミュニケーションとリーダーシップ』を読んで、その内容と思ったことを備忘録として残します。

この本は単なるHOWとしての会議の進行手法ではなく、リーダーシップの核となるファシリテーションスキルを体系的にインプットできる実践書です。「仕込み」と「さばき」という明確なフレームワークで、メンバーの主体性を引き出し、組織を活性化させる方法について示されています。

『ファシリテーションの教科書』の概要

『ファシリテーションの教科書』は、ファシリテーションを単なる会議進行のテクニックではなく、「組織を活性化させるコミュニケーションであり、リーダーシップである」と位置づけています。

この本では、ファシリテーションの二つの大きな要素として「仕込み」(事前の準備・設計)と「さばき」(当日の進行・誘導)を中心に据え、メンバーの「腹落ち」(納得感)を引き出しながら、質の高い合意形成や問題解決を実現するための具体的な方法論を解説しています。

余談として、終わりにやや唐突に「合気道」というワードが出てきますが、型としてのメタファー表現であり、体育会的精神論が出てくるわけではありません。

こんな方におすすめ

  • 会議や議論が生産的でないと感じているリーダーやマネージャー

  • チームから積極的な意見を引き出したいと考えている方

  • 意思決定の質とメンバーの納得度を高めたいビジネスパーソン

  • リーダーシップスキルとしてファシリテーションを体系的に学びたい方

本書の構成とポイント

本書は大きく2つのパート(全11章構成)で構成されており、ファシリテーションの全体像から具体的な実践方法までを体系的に解説しています。

  • Part I: 仕込み(あるべき議論の姿を設計する)

    • 第1章:変革リーダーのコアスキル

      - ファシリテーションをリーダーシップの中核として位置づけ

    • 第2章:議論の大きな骨格をつかむ

      - 「出発点」と「到達点」の明確化の重要性

    • 第3章:参加者の状況を把握する

      - 参加者の認識レベル、意見、特徴の把握方法

    • 第4章:論点を洗い出し、絞り、深める

      - 効果的な論点設定と整理の手法

    • 第5章:合意形成・問題解決のステップでファシリテーションを実践する

      - 具体的なプロセスと実践例

  • Part II: さばき(議論を活性化し、思考を導く)

    • 第6章:発言を引き出す、理解する

      - 参加者から意見を引き出す具体的テクニック

    • 第7章:発言を深く理解する

      - 発言の背景にある意図や論理を把握する方法

    • 第8章:議論を方向づけ、結論づける

      - 議論の流れをコントロールする技術

    • 第9章:対立をマネジメントする

      - 意見の対立を建設的に活用する方法

    • 第10章:感情に働きかける

      - 参加者の感情に適切に対応する技術

    • 第11章:ファシリテーションは「合気道」

      - ファシリテーターの究極の姿勢と目指すべき方向性

所感

私がこの本を一言で表すなら「実践的なファシリテーションの教科書」です。タイトル通り、理論や概念だけでなく、すぐに使える具体的な手法とその背景にある考え方が明快に整理されています。

特徴的だったのは「仕込み」と「さばき」という二大要素でファシリテーションを体系化している点です。多くのファシリテーション本が「当日進行役としてどう振る舞うか」に焦点を当てる中、この本は事前の「仕込み」にも同等の重要性を置いています。これは実際の私の経験として会議のアジェンダやプログラム設計の熟練度に従って会議に必要なリソースやコストが最小化される傾向に即していて、納得できました。

以前以下の記事で「同期的コミュニケーションの作法」でも書いたとおり、会議における意思決定者(参加者)にとって判断に必要な情報が全て揃っているほど意思決定の難易度は下がると考えています。逆に、判断に必要な情報が不十分な場合、多くは紛糾するでしょう。これらの点において、本書の理論に通じる部分があると感じています。

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なぜあなたのデザイン案は却下されるのか

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なかでも、読んでいて特に共感し役立つと感じた点は以下の3つです:

1. 仕込みの重要性と具体的方法

多くの会議の失敗は準備不足に起因するとされる中で、「出発点と「到達点」の設定、参加者の状況把握、論点整理など、事前準備の具体的な方法が実践的ですぐに試すことができます。

  • よくある例

    • 新機能のUI設計レビュー会議で、エンジニア・デザイナー・PMの間で認識にずれがあり、会議の半分が基本的な前提の確認に費やされてしまう。

  • 原因

    • 事前の準備不足。特にPMやデザイナーが作成した提案の背景にある制約条件や要件の共有が不十分。

  • 解決策

    • 会議前に「仕込み」として、あらかじめ明文化したアジェンダや事前共有資料を準備する。これにより会議時間の無駄を削減し、本質的な議論に集中できる。

      • (1)デザイン案と基本要件を事前共有

      • (2)特に技術的制約や優先順位を明記した資料を用意

      • (3)議論の「出発点」(現状の課題)と「到達点」(この会議で決めるべきこと)

2. 論点の整理技術

「論点の地図」作成の考え方は、議論が脱線しがちな会議にとって実用的なツールになります。議論すべきポイントを明確にし、整理することで、限られた時間で効率的に成果を出せるようになるでしょう。

また、ここでいう地図とは、文脈によってカスタマージャーニーマップ、バリューストリームマッピングや開発ロードマップなど、さまざまなフレームワークのアウトプットと組み合わせて考えると効果的でしょう。

  • よくある例

    • プロダクト戦略会議で、UIデザインの細部、マーケティング戦略、技術的負債の話題が混在し、2時間経っても結論が出ない。

  • 原因

    • 議論すべき論点の範囲と優先順位が明確になっていない。異なるレイヤーの話題(戦略レベルと実装レベル)が混在している。

  • 解決策

    • 「論点の地図」を作成し、会議冒頭で論点を確認して脱線したら地図に立ち返る。これにより、効率的な意思決定と時間管理が可能になる。

      • (1)今日決めるべきこと(例:次期リリースのコア機能の優先順位)

      • (2)情報共有にとどめること(例:UI詳細)

      • (3)別の場で議論すること(例:技術的負債への対応計画)を明確に分類する。

3. 感情への配慮と対立のマネジメント

技術的な側面だけでなく、参加者の感情や対立にも焦点を当てている点が現実的です。特にネガティブな感情や無関心への対応方法は、実際の場面で直面しやすい課題だけに参考にできる部分もあると思います。

  • よくある例

    • デザイナーとエンジニア間で「直感的なUI」の実装をめぐって意見が対立。デザイナーは理想的なUXを主張し、エンジニアは実装の難しさと納期への影響を懸念。結果として消極的な妥協案に落ち着く。

  • 原因

    • 専門性の違いによる視点の相違。また、感情面(デザイナーのプロダクトへのこだわり、エンジニアの実現可能性への責任感)への配慮が不足。

  • 解決策

    • 感情に働きかけるファシリテーションとして、以下のように対立を否定せず、建設的な方向へ導くことで、より創造的な解決策を見出す。

      • (1)両者の懸念点を可視化し、それぞれの専門的視点を尊重する

      • (2)共通の目標(ユーザー価値の最大化)に立ち返る

      • (3)理想と現実の間で「今回できること」と「将来的な改善点」を分けて検討する。

余談ですが、「直感的なUI」のような個人の経験や感覚に紐づく概念は、認識のずれを生みやすいので議題として扱うには注意が必要です。どうしても議論が必要な場合は、以前私が書いた以下の記事も参考にしてください。

その「直感的なUI」、本当に直感的ですか? - note

まとめ

今回は、グロービス著『ファシリテーションの教科書』をご紹介しました。

ファシリテーションを組織活性化のためのリーダーシップスキルとして捉え、「仕込み」と「さばき」という明確なフレームワークで解説するこの本は、単なるテクニック集ではなく、思考プロセスと具体的な方法論を体系的に学べる点が、この本の最大の特徴です。

これらの学びを実践することで、単なる会議の司会者ではなく、チームの力を最大限に引き出し、メンバーの納得感と主体性を高めるファシリテーター型リーダーへと成長できるはずです。

ただし、本書で紹介されている方法を実践するには、相応の準備時間が必要です。ビジネス上の時間的制約などに基づいて求められる「なるはや」のようなという効率性と、入念な「仕込み」のバランスをどう取るかは、実践する上での課題と言えるでしょう。


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この記事を書いた人
うえんつ
B2B領域のSaaS・アプリケーション開発などを組織で取り組むことが得意なプロダクトデザイナーで、このブログのオーナーです。
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