「事実と主観は分けて伝えてほしい」のサムネイル画像
公開日: 2025.12.19  | 更新日: 2025.12.19

事実と主観は分けて伝えてほしい

私はプロダクトデザイナーとして働きながら、組織のマネジメントもしています。その中で、メンバーやステークホルダーとの対話で、とても助かっていることがあります。それは、何か相談や悩みがあったときに「実際に起こったこと」と「それによって自分が感じたこと」を分けて伝えてもらえることです。


事実と主観の境界線

冒頭のサムネイル画像を見てください。ここには「魚が水面から跳ねている」という状態が描かれています。これは誰が見ても変わらない客観的な「事実」と言えます。

一方で、この絵を見て「魚が自由を求めている」と捉えたり、「飛んでいた虫を捕食した瞬間」とか、「躍動感があって楽しそうだ」と感じたりするのは、見る人の解釈による「主観」です。魚が実際に何を考えているかは、この絵という事実だけでは確定できないからです。

仕事の現場、特にフィードバックやトラブルシューティングの場面では、往々にしてこの境界線が曖昧になりやすく、問題を過小/過大評価してしまったりして、結果的に打ち手を誤ってしまった経験がある方も多いのではないでしょうか。

このような構造に陥ってしまうのは、主観を事実のように語ってしまうことで、視点の非対称やバイアスなどによって問題の本質が隠されてしまうからだと私は考えています。今回は、私がデザインの業務やマネジメントの現場で感じた「事実と主観を分けること」の重要性について論じてみたいと思います。

私自身がやりがちだったこと

振り返ると、私自身がこの混同をよくしてしまっていることに気づかされます。たとえばプロジェクトの振り返りで「あの会議は非効率だった」と発言したり、「今回のスケジュールは無理があった」と言ったり。そのときは事実を述べているつもりでしたが、実際にはそうではありませんでした。

「非効率だった」「無理があった」というのは、私が状況を見て感じた主観です。実際に何が起きたのかは、この言葉だけでは伝わりません。分解してみると、「予定の1時間を30分超過した」とか「3つの議題のうち1つしか結論が出なかった」とか「今週は3件の定常業務外の割り込み対応があった」といった具体的な出来事があったはずです。

ここで大事なのは、「1時間を30分超過した」ことと「非効率だった」ことは、イコールではないということです。超過した理由は、想定外の重要な論点が出たからかもしれない。でも「非効率だった」「無理があった」と言ってしまうと、その判断がすでに確定したものとして伝わってしまいます。

事実と主観が混ざった状態で話すと、聞いている側は何が起きたのかを正確に把握できません。その結果、建設的な議論にたどり着く前に、認識のすり合わせで時間を使ってしまうことになります。

デザインの現場でも同じことが起きる

これはマネジメントの場面だけの話ではありません。デザインの現場でも、事実と主観の混同は頻繁に起こります。

ユーザビリティテストの報告で「ユーザーはこの機能の使い方がわからなかったようです」と言われることがあります。でも「わからなかった」というのは観察者の解釈です。実際に起きたことは「ボタンを押す前に5秒間画面を見回していた」とか「ヘルプアイコンをクリックした」といった行動のはずです。

「わからなかった」と報告されると、つい「じゃあ説明を増やそう」という解決策に飛びついてしまいます。でも、実際の行動を見れば「ボタンの視認性を上げる」とか「配置を変える」といった別のアプローチが見えてくるかもしれません。解釈が先に来てしまうと、解決策の幅が狭まってしまうのです。

デザインレビューでも同じです。「なんかこのデザイン、しっくりこないんですよね」というフィードバックをもらっても、受け取った側は何を直せばいいのかわかりません。「しっくりこない」の中身を分解していくと、「文字が小さくて読みづらい」とか「余白が詰まっていて窮屈に感じる」といった、より具体的な観察が出てきます。そこまで言語化してもらえると、改善の方向性が明確になります。

なぜ分けて伝えることが大切なのか

事実と主観を分けて伝えることが大切な理由は、コミュニケーションの「共通の土台」をつくるためです。

「あの会議は非効率だった」という言葉を聞いたとき、人によって思い浮かべる状況はバラバラです。時間の長さを問題にしているのか、結論が出なかったことを言っているのか、参加者の発言量を指しているのか。でも「予定より30分超過した」という事実を共有すれば、全員が同じ出来事について話し合えます。そこから「30分の超過は許容範囲か」「なぜ超過したのか」「次回どう改善するか」といった建設的な議論が始められます。

また、主観を事実のように伝えてしまうと、関わった人たちの仕事を一方的に評価することにもなりかねません。「無理のあるスケジュールだった」と言われた側は、自分たちの計画や判断を否定されたように感じるかもしれません。そうなると防衛的な空気が生まれ、率直な対話が難しくなってしまいます。

一方で「今週は3件の定常業務外の割り込み対応があった。私は負荷が高いと感じた」と伝えれば、事実と、それに対する自分の反応を分けて伝えていることになります。これなら「その週は特殊な事情があった」「次回は体制を見直そう」といった対話につなげやすくなります。

主観を伝えてはいけないわけではない

誤解のないように言っておくと、主観を伝えること自体が悪いわけではありません。「私はこう感じた」「私にはこう見えた」という主観は、フィードバックにおいて大切な情報です。

問題なのは、主観を事実のように語ってしまうことです。「このスケジュールは無理がある」と断定するのではなく、「今週3件の定常業務外の割り込み対応があったので、私は負荷が高いと感じている」と伝える。事実と主観を分けた上で、両方を伝えればいいのです。

これはちょっとした言い回しの違いに見えるかもしれません。でも、この違いが対話の質を大きく変えます。事実を共有した上で「私はこう感じた」と伝えれば、相手はその感じ方を否定するのではなく、事実の背景を説明したり、今後の改善を提案したりできます。

伝える前に一呼吸置く

事実と主観を分けて伝えるのは、最初は少し面倒に感じるかもしれません。でも、慣れてくると「いま自分が言おうとしていることは事実だろうか、それとも解釈だろうか」と自然に考えられるようになります。

何かを伝える前に、一呼吸置いて考えてみてください。「あの進め方は非効率だ」と言いたくなったら、「実際に何が起きたんだっけ?」と自分に問いかける。「このデザインはわかりにくい」と言いたくなったら、「どこを見てそう感じたんだっけ?」と振り返る。

それだけで、伝わり方は大きく変わります。チームのコミュニケーションも、デザインの議論も、一つひとつの質が上がっていくはずです。

今回は、デスクまわりの作業環境を少しずつ整えてきた中で、実際に使っていて満足度の高かったアイテムをまとめて紹介します。

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この記事を書いた人
うえんつ
B2B領域のSaaS・アプリケーション開発などを組織で取り組むことが得意なプロダクトデザイナーで、このブログのオーナーです。
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